大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成9年(ワ)54号 判決

原告 X

右訴訟代理人弁護士 小宮山昭一

被告 Y1

被告 Y2

被告ら訴訟代理人弁護士 相原英俊

主文

一  原告の被告Y1に対する平成七年二月七日付念書に基づく債務は存在しないことを確認する。

二  原告の被告Y2に対する、被告Y2が被告Y1から平成八年一〇月三一日付で譲渡を受けた平成七年二月七日付念書に基づく債務は存在しないことを確認する。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実及び理由

一  原告の請求

1  原告の被告Y1(被告Y1という。)に対する平成七年二月七日付念書(本件念書という。)に基づく債務は存在しないことを確認する(主文一項同旨)。

2  原告の被告Y2(被告Y2という。)に対する、被告Y2が被告Y1から平成八年一〇月三一日付で譲渡を受けた本件念書に基づく債務は存在しないことを確認する(主文二項同旨)。

二  当事者の主張

1  請求原因(争いがない。)

(一)  被告Y1は、原告に対し、平成八年七月一九日付内容証明郵便で、その頃、本件念書に基き一九〇〇万円の残債務を有すると主張して、その支払を請求した。

(二)  被告Y2は、原告に対し、平成八年一一月二一日付内容証明郵便で、本件念書に基づく一九〇〇万円の残債務を平成八年一〇月三一日付で被告Y1から譲り受けたと主張して、その支払を請求した。

(三)  原告は、その後、被告らに対し、本件念書に基づく債務が存在しない旨を通知したところ、被告らは、原告に対し、右債務の存在を主張し、被告Y2においてその支払を請求した。

2  抗弁

(一)  被告Y1は、平成四年一〇月頃、A(Aという。)に対し、四〇〇〇万円を貸し渡した。

(二)  原告は、平成七年二月七日、被告Y1に対し、前項の貸金残債務二七五〇万円を重畳的に債務引受する旨を約し、原告とAは、同日、被告Y1に対し、右債務の弁済として月額一〇〇万円を返済する旨を約し、本件念書を作成した。

(三)  被告Y1は、平成八年一〇月三一日付で、本件念書に基づく残債務一九〇〇万円を被告Y2に譲渡し、その頃、原告に対し、その旨を通知した。

3  抗弁に対する認否

抗弁(一)項、(二)項の各事実及び(三)項の譲渡の事実を否認する。但し、本件念書に基づく債務が仮にあるとしても、被告Y1は被告Y2にこれを譲渡したから、いずれにせよ、被告Y1に対する右債務はない。

同(三)項の通知がなされたことは認める。

三  当裁判所の判断

1  請求原因事実は争いがなく、被告Y1については、本件念書に基づく債務が仮に存在するとしても、すでにこれを被告Y2に譲渡したことは結局のところ争いがないことになるから、その余の点を判断するまでもなく、被告Y1に対する請求は理由があるからこれを認容する。

2  抗弁について

(一)  抗弁(一)の事実については、〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨により、これを認める。

(二)  同(二)の事実について

(1) 乙一号証によれば、本件念書は、原告の被告Y1宛の文書であり、「私XはA殿を通じ貴殿より平成四年十月に金四千万円を借用し、平成六年中に金壱千弐百五拾万円を返済致しましたが、残額についてはA殿と協力して月額百万円を返済致します、以上念の為に確約します」とのみ記載されていることが認められる。すなわち、本件念書には、Aの被告Y1に対する貸金債務を原告において併存的債務引受することが明示的に記載されているわけではない。

(2) しかるところ、本件念書作成に至る経緯及びその後の経過について、〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

① 原告は、a株式会社(a社という。)の代表取締役であったが、平成四年二月から四月頃にかけて下請会社の倒産や原告の入院などが重なったため、a社の資金繰りに窮し、平成四年八月頃、Aに対し、a社の資金調達を依頼した。なお、原告は、a社の下請会社が倒産したとき、Aが債務整理にあたったことから、Aを知っていた。

原告は、Aに対し、平成四年八月頃、a社振出の額面合計約二億五〇〇〇万円の手形及び小切手を交付して、約二億円の現金を受け取り、同年九月頃、同様に額面合計約二億五〇〇〇万円の手形及び小切手を交付して約二億円の現金を受け取り、同年一一月下句頃から同年一二月頃までに額面合計約三億一〇〇〇万円の手形及び小切手を交付したが、その後はAから現金を受領したことはなく、a社は、同年一二月一五日に手形を不渡りにし、平成五年一月二一日に再び手形を不渡りにして倒産した。

② 被告Y1は、平成六年五月末頃になって初めて、Aを介して原告に連絡をとったうえ、原告に対し、a社振出の手形及び小切手を担保にa社のためにAに対し四〇〇〇万円を貸し渡したとしてその支払を求めた。原告としては、a社の倒産後一年以上もの間被告Y1から何らの請求もなされたこともなかったのに突然支払請求を受けて怪訝に感じたが、Aに対しa社の資金調達を任せていた経緯があり、a社の負債が一〇億円以上あったことから、Aが被告Y1からa社のために資金提供を受けたことも当然考えられ、また、被告Y1から半ば脅迫めいた言動でもって執拗にその返済を求められたため、原告は、被告Y1から請求されるままに、その半月後に利息分として二〇〇万円を支払い、その後平成六年七月頃から同年一〇月頃までの間に合計一二五〇万円を支払った。もっとも、被告Y1は、原告に直接請求することはなく、その支払請求はAを介してなし、その支払時にはAも同席し、原告は、弁済金を、直接被告Y1に支払うのではなく、まずAに手交し、Aがそれを被告Y1に手交した。

被告Y1は、原告に対し、右支払について領収証を一切発行せず、支払額が右合計一二五〇万円に達したときに、原告の請求により、a社振出の額面合計約一二五〇万円の手形及び小切手を返還した。

③ 本件念書は平成七年二月七日にAも立ち会って作成されたが、Aの被告Y1に対する貸金債務について、借用証書や担保とされているa社振出の手形及び小切手の原本が確められたりすることはなく、その利息及び元本の弁済額について照合されることもなかった。

④ 平成七年二月から平成八年七月一九日頃までの間、本件念書の約定どおりの月額一〇〇万円の弁済がなされなかったが、被告Y1は、Aに請求してAから合計八五〇万円を受領したにすぎず、その間、原告に対し、その支払を直接請求することは一切なかった。

⑤ 被告Y1は、被告Y2に対し、本件念書に基づく債権を譲渡したが、それについて対価を受領したことはなく、対価の支払約束もしなかった。

(3) 以上の認定事実に基づき、原告が本件念書に基づき併存的債務引受したものと認めることができるかを検討する。

① 本件念書には、前記のとおり、債務を引き受ける旨の明示的な記載はなく、しかも、被引受債務であるAの被告Y1に対する債務の記載も、債務引受の結果として生じるべき原告の被告Y1に対する債務の記載もないことが認められる。

② 本件念書は、原告の被告Y1宛の書面であり、「月額百万円を返済します」と記載されており、一見すると、原告が被告Y1に対し弁済を約束したかのような記載になっている。しかし、その弁済対象となる債務については、「私XはA殿を通じ貴殿より平成四年十月に金四千万円を借用し」と記載され、原告が被告Y1に対し当初から直接貸金債務を負担しているかのような記載がなされているが、前記のとおり、被告Y1から四〇〇〇万円を借りたのはAであり、この点は被告Y1もAも認めているところであるから、右貸金の記載は虚偽の記載といわざるを得ない。そうすると、原告において、かような虚偽の債務について支払約束をするとは通常考えられないというべきである。

③ しかも、本件念書においては、その末尾において、「念の為に確約します」と記載されているところ、この記載は、それまでに形成された権利関係を確認するもので、新たな権利関係を創設するものではないと解するのが相当であるから、本件念書において併存的債務引受がなされたものと解することには無理がある。そして、仮に本件念書で併存的債務引受がなされるのであれば、通常は、被引受債務となるべきAの被告Y1に対する貸金債務について、借用証書や担保とされているa社振出の手形及び小切手の原本を確かめ、利息及び元本の弁済額について照合して、債務の存在と残債務額が確認されてしかるべきであるのに、前記のとおり、そのようなことがなされなかったことが認められるのであり、このことからいっても、本件念書はそれまでに形成された権利関係を確認するものであるという右解釈は相当なものということができる。

しかるところ、原告、被告Y1及びA間でそれまでに形成されていた権利関係は、前記のとおり、被告Y1のAに対する貸金債権、Aの原告に対する債権という二段階の権利関係であることが認められる。また、本件念書に記載された、「平成六年中に金壱千弐百五拾万円を返済致しました」に該当する弁済についても、前記のとおり、被告Y1は、原告に直接支払請求することはなく、Aを介してなし、その支払時にはAも同席し、原告が弁済金を直接被告Y1ではなく、まずAに手交し、Aがそれを被告Y1に手交したことが認められ、右二段階の権利関係に則ってなされていたということができる。

以上によれば、本件念書は、被告Y1のAに対する貸金債権、Aの原告に対する債権が存在することを前提として、従前どおり、原告がAに弁済し、その弁済金をAが被告Y1に対する貸金債務の弁済に充てるという方法で、被告Y1に対する支払をなすべきことを、改めて念のために確認して約束したものというのが相当であり、そのような手順で弁済することを「A殿と協力して」という文言で表したものということができる。

よって、本件念書は、原告において、被告Y1に対しAを介して間接的に返済することを約束したものと解するのが相当であり、Aの被告Y1に対する貸金債務を併存的に引き受けたものと解することはできない。

(4) 以上のような解釈が相当であることは、次の事情からも明らかである。

① 前記のとおり、平成七年二月から平成八年七月一九日頃までの間、被告Y1に対し本件念書の約定どおりの月額一〇〇万円の弁済がなされなかったが、被告Y1は、Aに請求してAから合計八五〇万円を受領したにすぎず、その間、原告に対し、その支払を直接請求することは一切なかったことが認められるのであり、このことは、被告Y1において、原告に対して従前どおり直接の請求権を有するものでないことを認めていたからにほかならないということができる。

② 前記のとおり、被告Y1は、本件念書に基づく原告に対する権利を、対価を得ることなく、対価の支払約束をすることもなく被告Y2に対し譲渡したことが認められるのであって、このことは、被告Y1も被告Y2も、原告に資力がないことのみならず、本件念書に基づく権利が原告に対する直接の請求権とはなり得ないことを認めていたことの一つの証左ともいうことができる。

③ 証拠[甲九、乙七、証人A、原告]及び弁論の全趣旨によれば、本件念書の作成当時、原告には月額一〇〇万円はおろか、支払能力は殆どなかったことが認められ、また、前記のとおり、原告は、平成六年六月頃から同年一〇月頃までは被告Y1に対し合計一二五〇万円を支払ったが、本件念書作成後は被告Y1に対しても一切の支払をしていないことが認められるのであり、以上によれば、原告には、本件念書において新たな債務負担行為となる、併存的債務引受をなす意思があったとは通常考えられないというべきである。

(5) なお、乙一二号証には、Aが被告Y1に平成七年四月ないし六月の各一〇〇万円合計三〇〇万円について立て替えて支払ったことを原告が確認する旨の記載があるが、Aは、被告Y1に対して当初から貸金債務を負担していたのであるから、その支払は自己の債務の弁済にすぎず立替払いになるとはいえないのであって、右立替払いの意味するところは、Aの被告Y1に対する貸金債務は、a社の資金調達のために生じたものであるから、その返済は原告の負担によりなされるべきであるが、これを原告にかわってAの負担においてなしたということにあるものと解するのが相当であり、証人Aもこの点同旨の供述をしている(証人Aの供述調書二二頁)。

よって、乙一二号証は前記認定の妨げとなるものではない。

(6) 以上のとおりであるから、本件念書に基づき原告はAの被告Y1に対する貸金債務を併存的債務引受したとは認められず、本件念書に基づく被告Y1の原告に対する債権は認められないというべきである。

3  よって、原告の被告Y2に対する請求については、その余の点を判断するまでもなく理由があるからこれを認容する。

(裁判官 田中寿生)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例